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コメディアンの意味と現在

漫才

1.前田裕幸が語るコメディアンの本来の意味

コメディアンは喜劇役者を意味する英語で、例えばチャールズ・チャップリンのような人のことを指す言葉です。

喜劇を演じるのが仕事ですから、見る人を笑わせるのが目的だといえるでしょう。

日本においては、演芸に注力する人のことを芸人と呼びますが、喜劇役者を映画などの俳優と同列に扱い、お笑い芸人のことをコメディアンという場合もあります。

言葉の本来の意味でいえば、小道具を用いる喜劇のイメージが近く、体を張ったり動きで笑わせるのが特徴です。

道化師も含まれますが、こちらは化粧をしたり動きを重視するので、言葉も駆使して笑わせる人とは区別されることがあります。

初期のコメディアンは、いわゆる舞台の上が主な活躍の場で、観客との距離が近いことが特徴でした。

映画文化が発展した以降は、活躍の舞台をステージからスクリーンに移り、世界的に名前が知られる人も登場します。

チャールズ・チャップリンはまさに代表的な存在で、日本でも喜劇の面白さや喜劇役者の仕事を知る、そういった切っ掛けとなっています。

日本で笑いの文化が発展したのは、チャップリンのような存在に憧れたり、前田裕幸のように面白さを追求した人が増えたからでしょう。

他にも、バスター・キートンやハロルド・ロイドにマルクス兄弟など、大衆娯楽が盛んなアメリカを中心に、多くの喜劇役者が輩出されています。

一方で日本国内に目を向けてみると、いかりや長介と荒井注や、森繁久彌といった名前が並びます。

いかりや長介はザ・ドリフターズを率いて、子供から大人まで巻き込む笑いをお茶の間に提供しました。

これは、日本にテレビ文化が根付いた土壌があり、スタジオで繰り広げる笑いとお茶の間の相性が良かったからこそ、大成功を収めた好事例だと思われます。

チャップリンとの違いは、やはり個性的なメンバーでグループを作り、それぞれ役割分担をして独自の笑いを生み出したことでしょう。

2.笑い以外でも多彩なコメディアン

いかりや長介の師匠のハナ肇とは、俳優やミュージシャンとしての共通点があるので、同時のコメディアンは多彩という特徴を有する印象です。

ザ・ドリフターズの初期メンバー、荒井注も俳優やタレントなどで活躍しています。

当時の子供が真似をしたり、今も語り継がれるギャグなど、お笑い要素も感じさせる人物です。

大ヒットギャグを生み出すだけでなく、いかりや長介との絡みも受けたので、ザ・ドリフターズは多彩なメンバーが、お互いの化学反応で笑いを高めたといえます。

逆に、グループではなく単独で笑いに挑戦した森繁久彌は、元アナウンサーという異色の存在です。

芸能界の中でも一目置かれる存在で、昭和の時代を代表する1人ですから、その存在感や影響力の大きさが窺えます。

映画とテレビに舞台やラジオ、そして歌手としても活躍したので、メディアというメディアで存在感を表したといっても過言ではないです。

アナウンサーでトークの技術を身に着け、舞台やラジオ番組で頭角を現し、喜劇俳優で評価されたのが、森繁久彌の活躍の場が広まった切っ掛けです。

特に、当時の大衆文化だった映画で安定した人気を獲得して、テンポの良さと軽快な笑いで人々の心を掴みました。

ユニークなタイプのコメディアンですから、魅力を感じた人達から引っ張りだことなり、次々と様々な場で活躍の実績を積み重ねます。

後の俳優達にも影響を与え続けたので、存在感の大きさは文字通り本物だったと評価されます。

しかし、必ずしも笑い一辺倒ではなく、シリアスな演技でも評価されたのが凄いところです。

3.現在でも地位を確立しているコメディアン

お笑い文化の多様化によって、喜劇の主役はコントや漫才へと譲り、狭義のコメディアンと呼ばれる人達は昭和を後に減少しています。

ただし、若手の憧れや上に立っている人達は、皆コメディーの経験があって今でも第一線で活躍中です。

そういう意味では精神が受け継がれていますし、現代においてもまだまだ存在感があることが分かります。

笑いというのは人生のスパイスで、楽しい気持ちが人を幸せにするものです。

日本だと、戦後の絶望的な状況で笑いを届けた存在が多いですから、勇気を与えて復興を助けた功労者達という見方もできるでしょう。

本人達にそのつもりはなかったとしても、結果的に大衆を楽しませて、精神面で生活を豊かにしたのは確かです。

また、笑いの文化の土壌を作ったり、発展させたことも評価する必要があるポイントです。

憧れを集めるような存在だからこそ、後進が誕生したり育ったことも忘れていはいけない部分です。

アメリカやイギリスでは、スター性を有するプロのエンターテイナーという扱いですが、日本では親しみを感じさせる身近な存在といった印象が強くあります。

結果として、時代が変わってもその次代の子供達の間に浸透したり、幅広く楽しませることができたと考えられます。

今や笑いをもたらす人は立派な存在と認められ、日本でも一定の地位を確立している時代です。

多様性が生まれたのもまた時代の変化によるもので、今後の発展にも注目が集まります。